設 立 趣 旨 書
特定非営利活動法人 ratik
特定非営利活動法人 ratikは、
- 学術・実践に真に寄り添う形で情報を「選り集め、編み、発信すること」を原動力にして、
- 主に専門図書新刊を電子書籍として企画・編集・制作・販売することを通し、
- 「知のゲートキーパー」としての役割を担い、
- 学術・実践にかかるコミュニケーションを活性化することで、
- 学問の発展に寄与し、ひいては、豊な市民社会の形成に貢献します。
■学術・実践の現状と課題
学問は人間の生にとって本質的に不可欠
学問を広義に「問い、学び、考えること、また、言葉を介してそうした営みを高め合っていくこと」と捉えてみましょう。このように定義された学問と、それに基づく実践は、人間の生にとって本質的に不可欠であるといえるでしょう。それは、 進化的位置として身体的に無防備な形質を備えて出現したヒトという生物種が、過酷な環境と折り合いをつけ、社会や共同体を築いて生存していく上で、こうした知的営みを欠くことができないからです。
さらに、未曾有の災害や、人類の存続にかかわる課題に直面した「今」、私たちにとって、学問の重要性はより高まっています。危機的状況を前に、個々の人が真摯に思考し、意見を交わし、自らの行動を選びとることでしか、私たちの未来は開かれていきません。学問が健全に営まれていることは、広く私たち市民の利益(公益)に結びついていくのです。
市場原理にさらされる学問環境
他方、経済のグローバル化の影響は、教育研究の領域に黒雲をもたらしました。「国際レベルでの経済的競争力の強化」といった言説は、学問の世界にも市場原理に基づく競争の枠取りを強制し始めています。確かに、市場競争によって活気づく研究領域はあるでしょう。しかし、全ての教育研究の営みに経済の理屈が馴染むわけではありません。「すぐに収益に繋がるか否か」という尺度が学問の重要度とは異なるという点には、もっと注意が払われてしかるべきでしょう。
学問の営みは、普遍性をもちますから一国の中で閉じた形で行われるものではありません。ただし、今後も少子高齢化が継続し、人口減少すらも予測される日本において、学問環境をいかに維持・発展させていくかは、ローカルな意味で、大きな課題といえるでしょう。
学術コミュニケーションの特殊性
どのように独創的にみえる知的発見にせよ、先行世代や同時代の学術・実践の成果に依るところを幾分かは含んでいます。その意味で、あらゆる学術・実践は、コミュニケーションを土台に成立しているといえるでしょう。そして、学術コミュニケーションの充実は、学問が健全に営まれていることの1つのバロメータとみなすことができます。
ただし、狭く深く専門分化されることを1つの特徴とする学術・実践の営みにおけるコミュニケーションは、同一分野内においても関連異分野間においても、小規模なものとならざるを得ません。すなわち、顕在的にも潜在的にも、特定の情報を必要とする人の数は、限定されたものとなるのです。高度に専門化された言葉は、同じ文脈を共有する「その道を極めた少数者」同士にしか通じない場合が多々あります。それでもなお、学術・実践の発展にとっては、たとえ流通量は少なくても、多品種、多レベルのコンテンツが常に人々に利用可能な状態になっていなければなりません。
知的活動のIT化の進展
ここ20年あまりの情報技術の進歩・普及により、知的活動を支える「読む」「書く」「伝える」営みの多くがIT環境下で行われるようになりました。また、こうした知的活動のIT化の流れは、学術・実践に数々の恩恵を与えるとともに、学問の在り方を大きく変化させました。今後も進展するであろう技術を前に、その弊害を最低限に押さえつつ、新たな時代の学問環境を整えていくことが、求められています。
■学術出版の現状と課題
「知のゲートキーパー」機能の低下
国内産業の御多分に洩れず、出版業界の「不況」が叫ばれて久しくなりました。インターネットや電子メールの普及は、学術・実践のみならず私たちの日常生活においてさえ、「読まねばならない」文字情報を爆発的に増加させてしまいました。このことで、これまで情報伝達手段として大きな役割を担ってきた書籍の相対的位置が低下してしまったことは想像に難くありません。さらに、専門書のジャンルにおいては、若年人口減少による講義用テキスト市場の縮小が、学術出版における1つの収益モデルを崩壊させました。
売上不振に陥った出版社では、学問に寄り添って内容の学術的意義に基づいて新刊書籍の発刊を決断するのではなく、予想される売上に基づいて出版方針を定めざるを得なくなりました。また、資金繰りのために、新刊配本した書籍が返品されてくる前に、次の新刊を矢継ぎ早に発刊する自転車操業を強いられた出版社では、学術・実践の本質をじっくり見極める余裕も失っているでしょう。かつての「この出版社から発行されている書籍であれば、間違いない」といった版元に対する読者の信頼は、もはや成立しにくくなってきました。そのことが、また、さらなる読書離れ、本離れを促しているところがあります。
大量消費の前提は紙媒体の書籍の宿命
紙媒体の書籍は、制作・流通の多方面に多大な経費がかかるため、売上が立つ以前の先行投資(用紙代、印刷・製本代、倉庫保管代、運搬代など)の回収を図りつつ、さらに収益を上げる工夫が必要になります。恐らく、その唯一の解決策は「大量消費を前提にした大量生産」でしょう。書籍1冊あたりの収益の少なさは「数をかせぐ」ことでカバーできます。また、刷部数に比例しない固定費部分の比重を下げる、すなわち、収益率を上げる(原価率を下げる)ためにも、大量生産をすることは有効です。しかし、いずれにせよ、この方法が効力を発揮するのは、「大量生産」した分が売れる場合、すなわち「大量消費」が保証されている場合だけなのです。
ジャンルの特徴から必ずしも「大量消費」が見込めるわけではない学術・実践にかかわる専門書の場合には、そもそも制作・流通に要する先行的な経費の返済すら目処が立たないために、発刊が見送られるケースも多々あるでしょう。
これまで、博士論文等、ハイブロウな研究成果の出版については、公開促進の名目で出費される公的な出版助成金の制度が一定の機能を果たしていました。しかし、長引く不況により税収が落ち、予算の重点配分が志向されるなかで、いわば均等・底上げ型のこうしたタイプの助成金の支給総額は減少傾向が続いています。
先述のとおり、「今」こそ「真摯に問い、学び、考えること」が必要なときはありません。「必要なときに世に出ない(世に出せない)」ということを考えますと、そもそも、学術・実践の領域では「紙媒体の書籍」という情報伝達の形態は不向きであった、といえるのかもしれません。
学術・実践ジャンルの電子書籍市場の未発達
昨今、国内では「電子書籍元年」などと騒がれたものの、電子書籍市場は未だ「低調」といった形容詞で語られることが多くなっています。しかし、近年、読書専用端末が数多く開発され、スマートフォンやタブレットなど、電子書籍対応の各種ディバイスも登場してきたことで、ハード面での電子書籍の読書環境自体はかなり整ってきた、といえるでしょう。オープン、フリーで英語圏を中心に電子書籍ファイル形式の国際的なデファクト・スタンダードとなりつつあるEPUBを、Apple(iPhone, iPad)や楽天(Kobo)が全面採用したことに加え、Amazon Kindleの日本版の登場により、今後の電子書籍市場の形成が活発化していく可能性があります。
現時点の市場規模でいえば、紙媒体/電子媒体の書籍流通量は、1〜2オーダー、後者が小さいのもまた事実です。とりわけ、学術専門書については、大規模・有力な電子書籍販売サイトにおいてすら、ほとんど品揃がありませんし、分野・領域ごとに体系立てられて陳列されているわけでもありません。たしかに、経済産業省の後押しで、目標約6万点(中小出版社を対象としたもので、学術専門書は、この中の一部)の既刊本を電子化し市場流通させる事業が進んでいます。ただ、市場原理が支配する中で、各書籍の売上規模が小さく、収益に直結しない学術専門書のジャンルの市場形成の遅れは十分予想されるところです。
■学術・実践にかかわる情報化の現状と課題
学術情報データベース等の構築の進展
情報技術の進歩・普及による知的活動のIT化を受け、学会誌、紀要など論文を中心としたデータベース構築が進んでいます。最新の研究成果が、真っ先にこうした学術誌に掲載されることも稀ではなく、ハイブロウな刺激へのインターネットを介したアクセス経路が整ってきていることは、望ましいことです。
ただ、学術誌等に掲載される論文には、通常、文字数の制約があります。小さな主題に関する論考や、ピンホールの先進的実験結果の公表については問題ありませんが、比較的大きな主題を体系的に扱ったり、一連の研究成果を整合的に取りまとめたりする際には、「書籍」に類する文書量を許容する体裁に仕上げる必要があるでしょう。
また、昨今、連想検索などの機能を付加し、網羅性に加えて、或る程度の体系性を持たせたデータベースもみられるようになりました。しかしながら、データベース構築の第一の狙いは、情報を遺漏なく収集し、検索・閲覧可能な状態にすることに他なりません。いずれの日にか技術の進歩により、機械的な検索力が、人間の見立てを凌駕する日が訪れるかもしれませんが、少なくとも、現時点では特定の個人による「目利き」の有効性が勝っているように思えます。
海図なき情報の大海
インターネットやモバイル技術の普及により、好みの場所に居ながらにして、種々の情報が得られるようになりました。学術・実践に関わる専門情報も例外ではありません。もちろん、編集・校正の手の入っていない、いわば「粗雑な生の情報」に触れる機会も多く、辟易することもあります。しかし、誰もが対等に情報の発信者/受信者になり得るという状態は、権力性を帯びない「新しい知の流通の形」として歓迎されるべきものなのかもしれません。
他方で、いわばこの「海図なき情報の大海」を無事、渡り切るためには、個々の人が自らのリテラシーを頼りに、情報の発信/受信を制御する力をもたねばなりません。このハードルは、時に、多くの人にとって高く厳しいものになりかねません。
今、必要なのは、情報の網羅ではなく、情報の目利き、信頼に足る情報の厳選であるのかもしれません。
■特定非営利活動法人ratikの企て
◯ 学術・実践に真に寄り添う形で情報を「選り集め、編み、発信すること」を原動力にして、
- 学術・実践の発展を願い、「内容」に即して情報を厳選します。
- 単に字面を追うだけでなく、学術・実践の内容に踏み込んだ執筆者とのやり取りにより、コンテンツを産み出します。
- コンテンツに合った表現を吟味します。
◯ 主に専門図書新刊を電子書籍として企画・編集・制作・販売することを通し、
- 発刊可否の判断にあたって、採算性のハードルを下げるために、差し当たり、紙媒体の書籍よりも経費を削減できる電子出版に取り組みます。
- 電子書籍の収益性の良さを活かすため、読者の利便性を勘案しながらも、可能な限り、中間マージンが発生しない流通・販売形態を選択します。
- 出版の火を消さないために、情勢の変化に対応し、常に、より望ましい発行方式を模索、吟味し続けます。
◯「知のゲートキーパー」としての役割を担い、
- 厳選された良質のコンテンツを集結させることで、出版組織としての信頼性を高めます。
◯ 学術・実践にかかるコミュニケーションを活性化することで、
- まずは、これまで出版障壁の高かったハイブロウな研究成果を中心に、入門書までもを含めてレベル的には幅広く発刊に努めます。
- 同一分野・領域だけでなく、関連異分野・領域へのインパクトを重視します。
◯ 学問の発展に寄与し、ひいては、豊な市民社会の形成に貢献します。
- 一番の受益者は、読者である研究者、実践家ですが、書籍内容のレベルによっては、一般市民を学問の世界に誘います。
- 読者だけでなく、執筆者にとっても、書籍をまとめることで、新たな発見がもたらされるようなやりとりを心がけます。
- 学術コミュニケーションが活性化されることで、学術・実践の営みが充実し、その成果が市民に還元されていくことを目指します。
■何故、特定非営利活動法人なのか
NPOこそ、目指す事業活動の器として相応しい
上記のような「ratikの企て」を実現していくことは、公益の追究にほかなりません。そして、制度的な位置づけとしても、こうしたミッッションに相応しい組織形態が必要になります。また、最終的に活動の成果が私たちの日々の暮らしのレベルにまで還元されていくことを考えた場合、広く市民社会の目が行き届く組織である必要があります。今回、組織立ち上げにあたり幾つかあり得る選択肢からNPO(Non-Profit Organization)という組織形態を選んだことは、何より、こうした理由に基づきます。
事業展開上、法人格は不可欠
NPOの事業活動を安定的に持続・発展させていく上で、組織に一定の収入があり、業務を実施する者の生活が守られていなければなりません。また、収入があまりにも事業活動から離れたところから得られるのであれば、組織としても事業活動の有効性を把握できませんし、組織の事業の盛衰にかかわらず収入が変動してしまいます。
特定非営利活動法人 ratikは、活動の財源を寄付に頼るのではなく、世に出す電子書籍のコンテンツの受益者である読者の方々に応分の経済的負担をお願いすることで、収支を立ち行かせ次なる事業に繋げていこう、と考えています。可能な限り、余計な経費の出費を控えるとともに、購入読者の方々の利便性を考慮した電子書籍の流通・販売体制を構築していきます。こうした活動を行う上で、事業系NPOとして外部の他の法人(会社)との契約締結などにおいて、法人格が必要になります。
ただし、法人としての課金システムや収益モデルにつきましては、今後も情勢に応じて最適化していく必要があります。
学術・実践への貢献を実直に目指す
利潤追求を本義とする「株式会社」等の組織形態では、究極のところ、学術・実践への貢献という目的を達成できません。とりわけ、コミュニケーションのニーズが多岐に渡り、その流通量も限られている学術・実践の領域において、市場原理を持ち込み「いかに大きな収益を見込めるか」という物差しで事業活動を最終的に選択することは、本来、必要とされる筈の書籍発行や情報発信を妨げてしまう恐れすらあります。
法人格の取得が不可欠であり、どのような種類の組織形態にするかを決断する際、「学術・実践への寄与、ひいては、豊かな市民社会の形成への貢献」という「公益」に向かう決意を込めて、 特定非営利活動法人による組織設立を選択しました。
研究者・実践家の参画を促す
特定非営利活動法人 ratikは、学術・実践に真に寄り添った事業展開をしていきたいと心から願っています。このため、事業活動の「供益者であると同時に受益者でもある」研究者・実践家の方々を中心に、多方面の方々から幅広い意見を求めていきたい、と考えています。研究者・実践家の方々に、法人の事業運営に障壁なく関与・参画してもらうことも1つの大きな狙いとして、特定非営利活動法人という組織形態に可能性を見い出しました。
2013年1月7日
特定非営利活動法人 ratik
設立代表者 木村 健