世の中には「無料」の情報が氾濫しています。
「谷中・根津・千駄木」の編集人であった森まゆみさんは、まだインターネットが普及していない1980年代半ば、この小さな地域雑誌を創刊するにあたり、タダの情報の氾濫に既に気づいていました。
私たちのまわりには何とタダの情報が多いことか。テレビは洪水のように、芸能人の私生活や穴場の温泉情報を語りかけてくる。銀行のパンフレット、住宅会社のダイレクトメール、通信販売のカタログ、新聞の折り込み広告、スーパーでくれる料理カードやプレゼントの応募用紙……。
無料のタウン誌が山積みされている中、森さんは「身銭を切ってでも買いたくなるような雑誌にしよう」ということを、この小さな雑誌の最初の目標としました。
そして、現在…。わずかな検索語とクリックで即座に必要としているものにアクセスできてしまう状況のもと、「情報は、わざわざ本を買わなくてもタダで手に入る」という感覚はますます強まっているように思います。
しかし、身銭を切らないネットサーフィンで一日が過ごせてしまうことには、実は多くの危険が潜んでいるように思えてなりません。情報の真偽が不確かだったり、無意識に関係もない広告を見るはめになっていたり、間違った情報に踊らされたりする場合があるでしょう。また、粗削りで、読む側に決して親切ではない、まとまりのない文章を長々と読まされることも多々あります。
「タダより高い物はない」と昔から言われ続けてきたではありませんか。
「貴重な情報を、自分の意志で、身銭を切ってでも手に入れたい」。これは、私たちが丁寧にすくいとっていきたい「思い」です。ratikは、執筆者とともに手間を惜しまず、こうした「思い」に応えていける出版活動を行っていきたいと考えています。
「関係のないモノを売りつけようとする下心ある情報ではなく、単純に本の中身に対してお金を支払っていただきたい」。これまで私たちは、身銭を切って買った本を大事にしてきました。「たとえ、紙から電子へと姿を変えたとしても、みんなに大切に扱われる『本』を作っていきたい」。ratikはそう考えています。〔ratik・木村 麻子〕
(参考書籍)
書 名:小さな雑誌で町づくり:『谷根千』の冒険
著 者:森 まゆみ
出版社:晶文社
発行年:1991年