ステレオタイプが流布することで、個々の成員の行動が変容し、集団の傾向性がステレオタイプの示す内容に近づいてしまうことが知られています。偽名で数学試験に臨んでもらうことで、女性のパフォーマンス低下が抑えられたことを示す研究成果がSelf and Identity誌に掲載されています。
Shen Zhanga, Toni Schmaderb & William M. Hall. L’eggo My Ego: Reducing the Gender Gap in Math by Unlinking the Self from Performance. Self and Identity, Volume 12, Issue 4, 2013.
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「女性は数学が苦手である」といった言説は、未だ充分実証されていないものの、ジェンダーにまつわるステレオタイプとして広く流布してしまっています。また、こうした言説に触れることが、女性の数学的なパフォーマンスに悪影響を与えることは、先行研究からも明らかになっていました。これは「ステレオタイプ脅威」と呼ばれる現象の中でも、たちの悪いもの1つと考えられます。
ジェンダーにまつわるステレオタイプ脅威の発生メカニズムとしては、
- 自分の数学の試験の成績が悪かったら、「女性は数学が苦手である」というジェンダー・ステレオタイプを強化するのに使われてしまう…という脅威(集団に対する非難を恐れるタイプ)
- 自分の数学の試験の成績の悪さは、「女性は数学が苦手である」というジェンダー・ステレオタイプが適合することを示す証拠として扱われてしまう…という脅威(個人に対する非難を恐れるタイプ)
が考えられますが、両者の恐れともに女性の知的リソースを食いつぶし、数学的パフォーマンスを低下させてしまうことは想像に難くありません。
今回の研究では、「個人に対する非難を恐れるタイプ」に照準を絞っています。男女の参加者に数学試験に先立って「女性は数学が苦手である」という言説を「提示する/提示しない」という実験デザインは先行研究を踏襲しつつ、偽名(男性名または女性名)で解答するグループを設定しているのが今回のポイントとなります。
結果は、偽名(男性名にせよ女性名にせよ…)で解答した女性グループは、本名で解答した女性グループよりも成績が高く、平均として男性に近いレベルを達成していました。また、男性グループについては、「本名/偽名」による成績への影響は無かったということです。 研究の成果は、現実の生活でステレオタイプ脅威を低減させるのに応用可能であるのかもしれません。ただ、他方で自らの「パフォーマンス」と「アイデンティティ」とを分離させねばならないような「状況」とはいかなるものなのか、という疑念は拭えません。〔ratik・木村 健〕