最近、スポーツパフォーマンスの向上という文脈で、身体運動時の注意(意識)の向け方の「内的焦点/外的焦点」の区別を目にする機会が増えた。例えば、次の研究。
Moran, J., Allen, M., Butson, J., Granacher, U., Hammami, R., Clemente, F. M., Klabunde, M., & Sandercock, G. (2023). How effective are external cues and analogies in enhancing sprint and jump performance in academy soccer players?. Journal of Sports Sciences, 41 (22), 2054-2061. https://doi.org/10.1080/02640414.2024.2309814
ここでいう「内的/外的」の違いは「身体」を基準にしており、①「内的に意識を向ける」とは、身体の内部、すなわち特定の関節の伸展や特定の筋肉の収縮を意識しながら運動をおこなうというもの、②「外的に意識を向ける」とは、身体を取り巻く環境の側により注目しつつ運動をおこなうというものである。
上記の研究の表題に「external cues」という語が使われているが、ここでの「cue(s)」とは、選手の運動時の意識を変えるためにコーチが事前に施す教示のことで、この研究で扱われた「ジャンプ(垂直跳び)」「スプリント(短距離ダッシュ)」前には、次のような教示がおこなわれている。
【ジャンプ】
As you jump, focus on extending your legs!
(跳ぶ時に両脚を伸ばすことに集中しろ!)
Jump as if the ground is suddenly hot and you have to get off it as quick as possible!
(あたかも地面が突然灼熱になり、できるだけ早く離陸しなければならなくなったかのように跳べ!)
Jump as if you are trying to catch a ball overhead at its highest point!
(頭上最高点でボールをキャッチしようとするように跳べ!)
【スプリント】
Sprint and focus on driving your legs back!
(脚を後ろに押しやることに集中してダッシュしろ!)
Sprint and focus on driving the ground back!
(地面を後ろに押しやることに集中してダッシュしろ!)
Sprint as if you are being chased up a hill!
(何者かに追い立てられて丘を登っているようにダッシュしろ!)
Sprint as if you are a jet taking off into the sky ahead!
(自分が空に向かって離陸しようとしいるジェット機であるかのようにダッシュしろ!)
既存研究の結果の多くが、身体運動時に外的な注意を払うことでパフォーマンス(ex. 高跳びの記録、20mダッシュのタイム)が向上することを支持している。このことには、人間身体の運動が、多様な筋肉、腱、関節が調和的に連動することで成立しているために、身体内的な注意、すなわち、例えば特定の筋肉の収縮のみに意識を集中してしまうことで、その運動に必要な諸部分間で無意識に成立していた協調が損なわれることを一つの要因として考えることができる。逆に、外的な目標物に注意を向けることで、身体全体の連動が良くなる、ということにもなろう。
1つ興味深いのは、上記の研究では「内的/外的」の区別の他、身体外的な対象物「から離れる(away)/に向かう(toward)」といった条件も設け、検証をおこなっていることである。特に「Sprint as if you are a jet taking off into the sky ahead!」という教示は、身体外的な1点に向けて運動をおこなうという意味だけでなく、運動継続の中で意識にのぼる「身体外的な手がかり、シークエンス」(例えば、視覚的な見えの変化)に目を向けるよう促しているようにも思われる。
最近、新刊『世紀転換期の英米哲学における観念論と実在論』でお世話になった染谷昌義さんは、かなり以前のご講演の中で、ギブソンの生態心理学をベースに、
ある目標物に向かって歩いていく際、人は、目標に到達するための歩行を生み出す身体各部の運動を意識的に産出しているのではなく、目標に到達するにあたって変化する視覚的なシークエンスを産出するように身体を動かしているのだ。
といった主旨のお話をされていた。目標物に向かう時、一人称の視野の中では、近づくにつれ目標物がどんどん巨大化し、目標以外の物は歩行速度や身体との距離に応じて速く、あるいは遅く、後方に流れていく。私たちは、こうした「一人称的な見えの変化」こそを手がかりとして、身体運動をうまく遂行しているのではないだろうか。
「足が速くなりたい」と願う者に対し、コーチは、アフォーダンスを念頭に置いて、どのような教示ができるだろうか?また、実際、ライルズやコールマンら世界トップクラスのスプリンターは、どんな手がかりを意識に浮かび上がらせながらトラックを駆け抜けているのだろうか?
あぁ、私は誰よりも速く走りたい!
〔ratik 木村 健〕