識別すべき刺激が与えられる前に聴覚的に与えられた言語的キューが、トップダウン的なシグナルとして「何が見えたか」に大きな影響を与える様子をとらえた研究成果が、Proceedings of the National Academy of Sciences誌に掲載されています。
G. Lupyan, E. J. Ward. Language can boost otherwise unseen objects into visual awareness. Proceedings of the National Academy of Sciences, 2013.
この記事の元ネタにした紹介記事は、こちら
研究論文へのアクセスは、こちら
たとえば私たちの視覚は、眼からもたらされる情報だけによって成立しているわけではありません。知覚システムは、本来的に曖昧な入力情報を「何を知っているか」「何を予期しているか」という文脈にのせることで、はじめて機能しています。この研究では、何かを見る直前に示された「たった一語の言葉」が、強力に「予期」の文脈を形成し得ることが示されています。
実験参加者の片方の眼には、なじみのある事物(たとえば「椅子」「かぼちゃ」「カンガルー」)の画像が提示されます。それと同時に、別の眼には瞬きながら変動する曲がりくねった線が視覚的ノイズとして提示されます。このノイズのはたらきは徹底されており、通常レベルでは、何らかの対象が潜在的に知覚されたことを示す脳内シグナルさえも検出されないものになっています。
ここで、実験参加者は「何か見えましたか?」と尋ねられるのですが、この識別すべき視覚的刺激が両眼に与えられるのに先だって、次の3つのいずれかの聴覚的キューが提示されています。
- 視覚的に提示される事物を示す言葉(たとえば、それぞれ「椅子」「かぼちゃ」「カンガルー」という言葉)
- 視覚的に提示される事物ではない事物を示す言葉(たとえば「椅子」が視覚提示されるならば「かぼちゃ」という言葉)
- ホワイトノイズ
結果、「視覚的に提示される事物を示す言葉」を事前に聞いたグループは、他のグループに比べ「何かが見えた!」と答える傾向が高まっていました。また、「視覚的に提示される事物ではない事物を示す言葉」を事前に聞いたグループは、何かを見いだすことがより妨げられていました。
今回の実験結果によって明らかになった「単純なレベルの感覚知覚における言語の影響」は、これまで考えられてきたものよりも大きなものとなっていました。また、これまでの同種の研究では「視覚」にターゲットが絞られてきましたが、「嗅覚」「味覚」などの知覚システムにおいても、事前に形づくられた「知識」「予期」の影響が考えられます。今後の展開が期待されます。〔ratik・木村 健〕